HOME >  マイケル・サンデルの話題の新刊を紹介

マイケル・サンデルの話題の新刊を紹介2021.06.25 | 

今回はマイケル・サンデルの話題の新刊『実力も運のうち 能力主義は正義か?』を紹介します。マイケル・サンデルと言えば、ハーバード大学の名物哲学教授で、日本でも10年くらい前に『これからの「正義」の話をしよう』という本がベストセラーになり、授業の様子がNHKで『ハーバード白熱教室』として放送されて話題になりました。

この新刊は、「能力主義(メリトクラシー)による社会の分断」がテーマになっています。メリトクラシーというのは、家柄や出自といった本人が変えることができない属性によって生涯が決まってしまう社会の仕組み(アリストクラシーとも言う)と対比して、一般的にはより公正で望ましいものであると考えられてきました。この本の帯にも書いてありますが、「努力と才能で人は誰でも成功できる」というアメリカンドリームに象徴されるものです。

その一方で、グローバル化が進んで製造業が国外に移転し、ITや金融をはじめとする知識集約型の産業への構造転換が進む中、労働者には高度な技術や知識が求められるようになりました。当然、大学の学位が当然のように求められ、アイビーリーグに代表される一流大学はますます狭き門となっています。

その結果引き起こされた弊害についてサンデルは以下のように指摘します。

「第一に、不平等が蔓延し、社会的流動性が停滞する状況の下で、われわれは自分の運命に責任を負っており、自分の手にするものに値する存在だというメッセージを繰り返すことは、連帯をむしばみ、グローバリゼーションに取り残された人々の自信を失わせる。第二に、大卒の学位は立派な仕事やまともな暮らしへの主要ルートだと強調することは、学歴偏重の偏見を生み出す。それは労働の尊厳を傷つけ、大学へ行かなかった人びとをおとしめる。第三に、社会的・政治的問題を最もうまく解決するのは、高度な教育を受けた価値中立的な専門家だと主張することは、テクノクラート的なうぬぼれである。それは民主主義を腐敗させ、一般市民の力を奪うことになる」

サンデルが「最も裕福な1%のアメリカ人の収入の合計は、下位半分のアメリカ人の収入をすべて合わせたものよりも多い」と言うように、経済格差はすさまじく、富裕層はこのコロナ禍でもさらに財産を増やしています。
https://jp.reuters.com/article/insight-ultra-rich-idJPKBN2BI0J7

そのような中でも「勝ち組」の人たちは、「自分は努力して一流大学に合格し、経済的にも豊かになったのだから、その成功は自ら勝ち取ったものであり、自分は成功に値する」と考えるようになったわけです。

一方で「負け組」の人たちにもこのような自己責任論的な価値観が内面化されており、「自分は努力しなかったのだから仕方ない」と考えてしまったり、自分の仕事に対する誇りやプライドを持てなかったりするようになります。

結果、学歴による格差や差別は、人種やジェンダーによるものよりもずっと深刻になっています。サンデルは、「欧米では、学歴が低い人びとへの蔑視は、その他の恵まれない状況にある集団への偏見と比較して非常に目立つか、少なくとも容易に認められるのである」と強調しています。
例えば、アメリカの連邦議会では、下院議員の95%及び上院議員の全員が大卒者で占められていますが、アメリカの成人で大学の学位を持っているのは3分の1に過ぎません。しかし、このことは「当たり前」として見過ごされているのではないでしょうか。

そして、労働者と中流階級がメリトクラシーの「勝者」であるエリートに対して抱いた怒りやフラストレーションが2016年のトランプ当選につながったとサンデルは論じています。

サンデルはこの現状に対する処方箋も書いてはいますが、ここでは書く余裕がなくなってしまいました。ぜひ皆さんも一度、読んでみてください。

前のページへは、ブラウザの戻るボタンでお戻りください。
このページのトップへ