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北東アジアみらいプロジェクトの勉強会を行いました2018.08.14 | 

 7月22日にGPFJapan事務所にて、北東アジア情勢についての勉強会を行いました。
 今回は、日本経済センターの特任研究員であり、帝京大学准教授でもある、李燦雨氏を招き、北朝鮮を巡る周辺国の動向や、北朝鮮内部の変化について学ぶ時間を持ちました。
 李燦雨氏は、2017年にフィリピンで開催されたGPC(Global Peace Convention)のスピーカーとして参加された経験もあります。

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 最初に李氏は、今年4月に行われた南北首脳会談や、6月に行われた米朝首脳会談前後の北朝鮮の急激な態度の変化に触れながら、「その変化は経済制裁が効いているのか、または2017年の核ミサイル完成を背景とした、北朝鮮の世界への挑戦なのか、様々な解釈がある。一度視点をフラットにして、北朝鮮情勢を見る必要がある」と前置きをされました。
 そして、政治的には北朝鮮の第二次世界大戦後70年の政策と、周辺国の国際情勢の変遷の概要を説明。最後に経済状況についても紐解いていかれました。

 北朝鮮の戦後70年の政策では、核を後ろ盾にした国防を中心とした政策を取るようになった背景。そして、周辺国の変遷では、そうした北朝鮮をめぐるアメリカや中国の利害関係が、国際情勢とも関係しながらどのように変化してきたのかに言及されました。
 また、世界の脅威となっている核が、どのような目的で交渉に使用されてきたのかについても説明されました。

 そして、北朝鮮の戦後70年の歩みに触れながら、現在そうであるように国防が政策の中心となったことを説明。朝鮮戦争によるキリスト教徒の国外逃亡により技術者不足に陥ったこと、また、石炭科学から石油化学への移行を図った時期がオイルショックと重なったことなどにより、技術発展がうまく行かず、結果、国防優先の体制作りが進行してしまった点などを挙げました。

 その中で、核を持つようになった背景として、社会主義の崩壊と、中国からの支援を次第に受けられなくなったことを強調されました。

 そうした北朝鮮をめぐる国際情勢の変化については、北朝鮮は、2017年までは既存の米中対立の狭間で、中国の後ろ盾がありましたが、2017年以降、国連安全保障理事会の議決国でもある中国が北朝鮮への制裁に踏み切ったことで、既存の関係が変化したこと。また、昨今の米中貿易摩擦による米中関係の悪化を利用し、北朝鮮がアメリカに接近するなど、北朝鮮が大国を翻弄する様子を解説されました。

 また、先に行われた中朝首脳会談では、中国訪問の10日前に訪中を表明したにも関わらず、万全の体制で迎えた中国の反応を見ながら、中国は北朝鮮寄りの立場を確認したことも述べました。

 こうした国際関係の中で、北朝鮮の核が持つ効果を、「核交渉力」と「核抑止力」とに大別しました。

 「核交渉力」では、アメリカとの「平和体制」の締結、「核抑止力」では北朝鮮の安全保障が目的であると述べ、昨今の状況では、「核抑止力」が「核交渉力」を上回っていることに触れながら、北朝鮮の最終的な目的は、アメリカとの終戦平和協定であると強調されました。

 その後、北朝鮮の経済の変遷について、「社会主義をソ連から、インフラを日本から引き継いだ北朝鮮の経済は、60年代までは機能していた」としながらも、社会主義体制のもとで政治的責任を問われない企業運営となり、経済が機能しなくなり、結果として、国防優先の政策となった経緯を説明されました。

 一方で、金正恩政権下での経済活動は、「進歩的」だと評価し、金正日時代の政治と経済の関係性にとらわれない政策を行っている事実にも触れながら、経済レベルは金正日時代より向上しているという国民の実感もあり、経済的理由での脱北者は減少していると分析しました。

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