HOME >  【インタビュー:多文化をチカラに⑪】マゼン・アルナブルシさん(シリア菓子店店主)

【インタビュー:多文化をチカラに⑪】マゼン・アルナブルシさん(シリア菓子店店主)2023.01.25 | 

My Eyes Tokyoの協力のもと、日本で活躍する外国にルーツを持つ方々へのインタビューを紹介していきます。
https://www.myeyestokyo.jp/60405


僕は日本に恩返しをしたい。だから200年続くシリアの本場の味を日本に伝えます。

ある日SNSを眺めていたら、気になる投稿を見つけました。「知人であるシリア人の男性が、現地より職人を呼び、練馬区でアラブ菓子の店を開くことになりました 」。杉並区内で輸入食品・酒類販売会社を営む日本人男性によるその情報。シリアご出身の人へのインタビューは未経験、しかも都内で自分の店を開業したという偉業に私たちは大変興味を持ち、ご開店後にInstagram経由でお店「アルナブルシ」に挨拶させていただきました。

年明けのある日、西武新宿線 武蔵関駅そばにある焼鳥屋さん。そこを恐る恐る通り抜けて2階に通じる階段を上がると、満面の笑顔の男性が迎えてくれました。口調がとても穏やかで、大変物腰の柔らかいその男性、店主のマゼン・アルナブルシさんにすっかり魅了された私たちは、正式にインタビューを申し込みました。そしてその翌日、キッチンでバクラヴァを作る職人さんの姿を間近に見ながらマゼンさんから聞いたのは、ご先祖の代から続く壮大な物語でした。

※インタビュー@アルナブルシ(東京都練馬区)

妥協は許さない 本場伝統の味
この店を開店したのは昨年末、2022年12月19日。まだ開店したばかりですが、ご近所からだけでなく、練馬区外の人、地方から東京に帰省された人からもお越しいただいています。お客様の多くは女性ですね。特にスイーツ好きの女性は、これまで食べたものとは違うものを求めますし、最近のピスタチオへの人気から、その粉末をまぶしているバクラヴァにも興味を持っていただいているのだと思います。

僕の店で販売しているバクラヴァは、シリアからお招きしたベテラン職人が作っています。純度99%の植物油を使用しており、この油でないと美味しいバクラヴァは作れません。甘さ控えめで、たくさんのお客さんから好評をいただいていますが、日本人の口に合わせたわけではなく、これこそがシリアで約200年続く伝統の、本場のバクラヴァの味。僕のバクラヴァを口にされた時の、お客様の笑顔が見られるのが、僕にとって何より嬉しいこと。お客様からの「美味しい!」という言葉で、僕は「もっともっと頑張ろう!」と思えるのです。

大理石の上に並べられた数々の種類のバクラヴァと、バクラヴァに入れるピスタチオ、クルミ、カシューナッツ、アーモンド。大理石は、バクラヴァの生地を伸ばすために必要不可欠のもの。


指や花をかたどったもの、感謝の気持ちを表したものなど、バクラヴァの形にはそれぞれ意味が込められている。

この店の外には、シリアの国旗を掲げています。大使館以外の場所で国旗を揚げるのは珍しいですが、それくらい私は母国を愛しています。一方で私は、日本の国旗も同じく掲げています。初めて日本に来てから35年、日本に住み始めてから26年。僕は日本という国や日本人に、これまでとても助けられてきた。店に掲げる日本の国旗には、それへの感謝の気持ちを込めているのです。

バブルな日本で触れた優しさ
今ではだいぶ丸くなりましたが、子どもの頃はちょっとヤンチャで(笑)周りの子どもたちと喧嘩ばかりしていました。すでに空手を始めていた兄が、近所の人たちから”暴れん坊”と呼ばれていた僕を落ち着けさせようと、寸止め技を貫く松濤館流の道場に一緒に通うことを提案。そこで僕の才能が開花しました。兄弟そろってシリアの選手権で優勝し、日本で行われていた世界選手権に出場するまでに。1988年、当時15歳。それが初めての来日でした。

バブル期の真っ只中、煌びやかな大都会・東京。高層ビルの上を高速道路や線路が通り、街の道路はどれもきれい。人々はきちんと信号を守る。道に迷った時、誰もが僕に親切に教えてくれました。

今でも忘れられないことがあります。当時滞在していた家のそばで、僕はズボンのポケットに入れていたパスポートを落としました。帰宅後にそれが無いことに気づき、自分が歩いてきた道を辿りながら必死に探しました。その様子に気づいた、道沿いにある洋服屋さんの年配の店員さんが僕に「おいで」。そして僕のパスポートを差し出し「君のでしょう?」と。僕は彼女にお礼を言いました。「パスポートは大事にしないとダメでしょう?」と彼女に怒られましたが、僕は日本人の親切さや日本の平和さを感じました。

その後も夏休みや冬休みの間、試合や合宿に参加するために日本に来ました。試合出場や指導、観光のためにこれまで世界中を周りましたが、生まれて初めて行った外国である日本が、僕に一番合うような気がしました。実は初来日の時から「将来ここに住んでみたい」と思っていたほどです。

やがて来るかもしれないその日に向けて、僕は日本に来た時に友達をたくさん作って彼らと話したり、シリアに戻った後に日本のアニメや、夜中にテレビで放送されていた日本の映画を見たり、就寝前にラジオを聴いたり、テキストで読み書きを勉強したりして、日本語のコミュニケーションを学んでいきました。子どもだったこともあり速く吸収し、学び始めてから3ヶ月後には、日本での生活に困らないくらいのレベルに到達しました。

約10年間にわたる、シリアと日本を往復する生活。そして1997年、僕はついに”日本に住む”ことを決意しました。

「シリアってイタリア?」
日本に住み始めた僕は、都内にある師範の道場で指導するように。やがてアラビア語と日本語を話せる人を探していた駐日シリア大使館が、僕に協力を求めてきました。それに応じる形で1999年、僕はシリア大使館に就職。主にビザの発行業務に従事しました。

その間、僕は長年持っていた夢を実現させるタイミングを伺っていました。

ちょうど僕が日本に住み始めた頃、僕の母国のことが日本の人たちにほとんど知られていないことに気づきます。シリアと聞いて、イタリアのシチリアと混同される人も。だから僕はシリアがどこにあるのか、どんな文化を持つ国なのかを伝えたいと思いました。

そこで思いついたのがバクラヴァです。僕の先祖は代々、バクラヴァを作って販売していました。しかし祖父が亡くなった後にその事業が途絶えてしまいました。一方シリア大使館在職中、大使から頻繁にバクラヴァをいただき、それらを日本人の友人たちにもお裾分けしたところ大変好評で「バクラヴァの店を、ぜひ日本で開いてほしい」と言われました。僕はかつて存在した「アルナブルシ」というブランドを自分の手で復興させ、バクラヴァを通じてシリアの文化を伝えようと思いました。

これらの思いが僕の背中を押しました。僕は2016年、20年近く勤務したシリア大使館を退職。空手の世界に戻りながら、夢の実現への一歩を踏み出しました。

地元のスーパーが”救世主”に
かつて僕の先祖が営んでいた店には、バクラヴァを作る工房と販売スペースがありました。僕はそんなこじんまりとした店が開ける場所を探していましたが、なかなか見つかりませんでした。

ある日僕は、駐日シリア大使のご夫人から、料理用の葡萄の葉3キロを手に入れるよう依頼を受けました。そこで僕は、よく買い物に行っていた地元のスーパー”アキダイ”の社長に相談。彼は「ちょっと探してみる」と言い、その翌日に電話で「あったよ!」。その出来事をきっかけに、元々良好だった社長、秋葉弘道さんとの仲がさらに深まりました。

秋葉さんは僕に聞きました。「マゼンは、これからどうするの?」。僕は「お菓子屋さんを開こうと思っているんだけど、良い場所がなかなか見つからないんです」と答えました。そこで彼が提案しました。「僕が経営している焼鳥屋の2階が空いているから、そこを使ってみたら?」と。僕の自宅からも近いし、スペースの広さもちょうど良い。こうして場所が確保できました。

しかし僕自身は、バクラヴァを作ることは出来ません。だから職人が必要です。僕が自分の店を持つ構想を立てた頃から、家族に職人探しを頼んでいましたが、スペースを確保したことを彼らに伝えたタイミングで、200年続く伝統の、本場のバクラヴァの味を再現でき、しかも非常に真面目なベテラン職人を、僕の兄が見つけてくれました。

待ちわびる日々
「これで、ついに僕の店が開ける!」 – 興奮したのも束の間でした。その職人の日本への入国許可を出入国管理局に申請してから、長い間待つことになったのです。職人が本当にプロフェッショナルかどうかが問われ、それを証明するための書類を作成する必要が生じました。その間にも、日本の食品衛生基準に合わせるためのスペースの改装費に加えて、その家賃が発生しています。昨年(2022年)3月のオープンを目指していましたが、それも叶いませんでした。

入国できるか心配だったのは、彼も同じです。僕は彼から「いったいいつ日本に入国できるのか」と何度も問い詰められ、そのたびに「これは日本の決まりだから、しょうがないんだよ」と宥めました。そして申請から1年後、ようやく彼への入国許可が下りました。

こうして2022年12月19日、住宅街の一角に僕の店「アルナブルシ」がついにオープンしました。他店のバクラヴァを食べたことがある人、またバクラヴァは食べたことが無かったけど、新しく開店したこの店が気になってご来店される人と様々ですが、試食される人はほぼ全て「美味しい!」とおっしゃってくださいます。

まだ小さな一歩を踏み出したばかりですが、この店の味を愛してくださる人たちのおかげで、きっとこれからも、何があっても止まらずに歩いて行けると信じています。

マゼンさんにとって、日本って何ですか?
親切な人たちが住む、とても平和な国です。
僕はその人たちのおかげで、自分の夢を実現することができました。でもまだまだ終わりません。シリアの料理とお菓子を提供するレストランを、今年中に開店したいと思っています。さらに「アルナブルシ」ブランドを日本中に広めるために、ここと同じように工房と販売スペースが一体となった店を全国に開きたいと考えています。

日本は僕にとって第2の故郷。僕はシリアの本場の味を伝えることで、日本に恩返しをしたいと思います。

アルナブルシ

東京都練馬区関町北1-15-11 PARTENON Sekimachi(地図 ※「あきとり」の2階にあります)
※最寄駅:西武新宿線「武蔵関」(南口より徒歩3分)
営業時間:10時~18時(暫定)
定休日:不定休

マゼンさん関連リンク
Instagram:instagram.com/alnablsisweets/

前のページへは、ブラウザの戻るボタンでお戻りください。
このページのトップへ