HOME >  【インタビュー:多文化をチカラに⑰】田中 久実さん(日本語教師/外国人向けキャリアコンサルタント)

【インタビュー:多文化をチカラに⑰】田中 久実さん(日本語教師/外国人向けキャリアコンサルタント)2023.03.17 | 

My Eyes Tokyoの協力のもと、日本で多文化共生に取り組む方々へのインタビューを紹介していきます。
https://www.myeyestokyo.jp/60879


「誰かを助けよう」なんて思わなくていい。”過去の自分”を助けようとする思いさえあれば、外国人が安心して活躍できる社会が生まれると思います。

かつて私たちが英語朝活を開催していた頃、勉強のために他の人が主催する朝活に参加しました。英字新聞のトピックを題材にディベートを行うグループに加わり、熱い議論を交わした人々の中に、今回ご紹介する日本語教師の田中久実さんがいました。

田中さんとはその後も、日本で暮らす外国人の事情に詳しい人として情報交換をさせていただいたり、また田中さんがご友人と主催した国際交流ディナーにご招待いただいたりしました。その席で出会った人に、インタビューさせていただいたことも(※記事はこちら)。

そして満を持して敢行した、田中さんへのインタビュー。「これまでに取材を受けたことはありますか?」という私たちからの質問に「オファーはありましたが、断りました。My Eyes Tokyoさんから最初に受けたかったからです」。嬉しさがこみ上げると共に、お待たせしてしまった申し訳なさも・・・「私の人生は偶然の積み重ねだから、何も話すことは無いですよ」と謙遜する田中さんの足跡を、お詫びの気持ちを込めてじっくりと紐解かせていただきました。

履歴書の書き方を教えるのは誰?
「日本で就職をしたいが、誰に相談して良いか分からない」。私は”キャリアコンサルティングを提供できる日本語教師”として、そのような人たちの力になりたいと思い、日々活動しています。ただ誤解していただきたくないのが、私の業務範囲です。

例えば履歴書の書き方指導や面接対策は、自らの経験で行うことが可能なため、日本語教師でもできます。一方で自己分析や自分の強み発見、セルフブランディングなど、個人の資質に関わる部分はキャリアコンサルタントでなければ指導できません。なぜならキャリアコンサルティングは、カウンセリングを通して本人が自身の問題に向き合い、解決に進んでいくように促し、自己実現をサポートする仕事だからです。そしてそれ以外にも、外国人を支援するためには在留資格や入管法に関する基本的な知識、行政書士など専門家とのネットワークも必要になります。

私はこれらを英語で行っています。そのため顧客は主に英語圏や欧米諸国の出身者たちですが、日本在住者だけでなく、海外在住の人たちもいます。留学生からシニア世代に至るまで、2019年の独立以来約500人に日本語指導および日本でのキャリア形成支援を行ってきました。

ただし、キャリアコンサルタントとしての自分はあまり前面に出していません。これまで私に相談にいらした人たちのほとんどは、かつての私の教え子や、彼らから私のことを聞いた人たち。最初から”キャリアコンサルタント”としての私に相談にいらっしゃる人はほぼいないからです。

彼らの多くは「日本語能力試験(JLPT)を受けたいから手伝ってほしい」など、日本語学習に関する相談事をお持ちですが、現状に始まり、これまでの学習の仕方や、受験を考えた理由などをお聞きするうち、その人の背景や将来の目標にまで話が及ぶ。お話をお聞きしながら、その人のキャリア設計を考え、その人が身につけた方が良いスキルや知識、経験を提案することがありますし、そうでない場合も、その人の将来を考えながら学習プランを組み立てます。また日本語の指導を続けるうちに就職や転職の時期が訪れ、その準備を手伝い、就職・転職後に再び日本語指導に戻るというケースもあります。つまり、キャリアと日本語学習というのは一体化しているものなのです。

私がキャリアコンサルタントになったのは、つい最近のこと。それまでは約20年間、数えきれないほどの海外出身者に日本語を教えてきましたし、それ以前は英語教育の世界に身を置いてきました。私のキャリアにもまた、私の生徒たちと同じようにいろいろなストーリーが詰まっています(笑)

英語の知識は武器ならず
私のキャリアの出発点は、予備校です。先生ではなく学校運営スタッフでした。英語教育を学んだ大学時代、都内の公立高校に教育実習に行ったものの、決められたカリキュラムに沿って授業をするしか選択肢が無いことに失望しました。その状況を変えたくて教育を学んだのに、同じような授業を自分が行っている – 私は教員への道を諦めました。しかし幸運なことに、就職活動で経営理念に共感できる企業に出会い、そこで働く機会を得ました。

こうして新卒入社した予備校で、私はチューターとして、思うように成績が上がらず、親からの期待に応えられず苦しむ学生たちに接しました。チューターは言わば”学習アドバイザー”ですが、生徒一人ひとりの状況に合わせて具体的な助言をするのではなく、自分の拙い経験や精神論を伝えるだけ。彼らにとって慰めにはなるかもしれませんが、それだけで志望校に合格するわけではありません。

直接彼らに勉強を教えることができれば・・・と思い、私は再び英語講師になることを決意。旅行で何度か訪れていたイギリスに渡り、現地の大学院で1年間言語学を学んだ後、日本に帰国して英語講師に。ビジネス系専門学校で2年間教壇に立ちました。

でも本音では、大学院修了後もイギリスに残りたかった。そのためには現地で仕事を見つけ、就労ビザを取得する必要がありますが、学んだ英語言語学の知識は、英語圏の国であるイギリスでは就労に結びつきません。それ以外にスキルが全く無いと悟り、失意のうちに帰国。しかし日本語教師という仕事の存在を知り「海外では”日本人であること”こそが強みになるのだ」と気づき、私は日本語教育能力検定試験を受験。イギリスで学んだ言語学の内容と重複する部分が多かったため試験に合格。日本語教師資格を取得しました。

異国で受けた”洗礼”
約3年間の日本語ボランティアで様々な人たちへの指導経験を積み、2005年に晴れて日本語教師としてデビュー。海外で日本語を指導するチャンスがあると知り、中でも比較的給与額が高い(笑)韓国へ。首都ソウルから遠く離れた田舎で、日本語教師として現地で1年半指導しました。1日7時間の授業で初級から上級まで、小学生から70歳の人まで受け持ち、クラスが終わるたびに頭のスイッチを入れ替えました。終業が夜遅く、帰宅してからも翌日の準備や教材づくりをしたので寝不足の毎日。しかし比較対象が無いため「日本語教師という仕事はこういうものだ」と思っていました。現在に至る日本語教師活動の基礎は、韓国で築いたと言っても過言ではありません。

帰国後、都内の日本語学校に教師として就職。その学校の生徒の多くはアジア諸国出身の留学生で、進学指導が主な仕事でした。以前から私が望んでいた”指導と学習相談が両立できる仕事”にやりがいを感じながら取り組む日々。しかし卒業生を5回送り出した頃「ここにいては自分の成長の機会がない」と判断した私は、その学校の海外営業を担当することに。現地に赴き、留学エージェントや日本語学校、大学から、日本語を日本で学びたい人たちを紹介してもらう仕事です。ベトナムやネパール、インドネシア、タイなど当時日本語熱の高かったアジア7ヵ国を訪問。1年間日本と海外を行き来する生活を送りました。

日本語学校での約6年間の勤務後、生徒たちに触発されてさらなる成長の機会を求めるように。ちょうどその頃、同僚が結婚を機に東北地方に移住することになったことを機に、その地域に住む外国人のお母さんたちに日本語学習の機会を提供することを構想。2013年、私はフリーランスに転身し、その実現に向けて動き出しました。

一人の留学生を救うために
その構想をまずは都内で形にしようと、私は保育園やエスニックレストランなど外国人女性がいそうな場所や、彼女たちを支援する自治体の役所などを原付バイクで周りました。しかし現実は厳しいもの。私が日本語教師であることを伝えても、誰も全く相手にしてくれません。日本語教師はたくさんいるため、珍しくないからです。肩書だけでなく実績など”相手の心に訴えられるもの”が必要だと思い、泣く泣く構想を諦めることにしました。

そんな折、以前日本語ボランティアで一緒に活動していた女性から声がかかり、彼女が代表を務める日本語学校に教師として勤務することに。その学校は前職の職場とは異なり、英語圏を中心とした欧米人が生徒の中心で、しかもその多くは社会経験を積んでいる人たちでした。

その学校で教えるうち、私は転職志望の生徒の企業面接の練習や履歴書の添削を含むキャリア相談を、スタッフから依頼されるように。もともと人の話を聞くことが好きでコーチングも学んでいたことから、その手法をカウンセリングに取り入れてみました。それが生徒から好評となり、やがて様々な就職・転職相談が私のもとに来るようになったのです。

しばらくは、私の就職・転職の経験とコーチングスキルだけで相談に応じ、目標設定などを一緒に行っていました。しかし就職活動中の、当時留学生だったある生徒から長期にわたり相談に応じるうち、キャリアの専門家でも就職エージェントでもない私が、自分の経験と知識だけで彼女を就職にまで導けるか不安になりました。

彼女のような人たちに的確なアドバイスを行えるようにするため、私はキャリアコンサルタントの資格を取得。資格をフル活用するために日本語指導を主事業とする学校を辞めて独立しました。言語習得に加えて外国人が”自分らしく生きていく”ことに貢献したいという思いから”Language Plus One”という事業を立ち上げました。

同じ志を持つ”仲間”を増やす
偶然の出来事の積み重ねで築かれた私のキャリア。でも私は、自分にしかない強みを得ることができたと思います。英語で日本語指導からキャリア構築支援まで一貫して行えることに加え、生徒が持つ背景が理解でき、共感を示すことができることです。イギリスに始まり韓国や東南アジア諸国など様々な国や地域に行き、現地の人たちと深く関わってきた経験の賜物だと思います。

そのような強みを活かして事業を続けながら、様々な言語を用いたキャリアコンサルティングの提供も目指したいですね。企業が求める人材の傾向により必要な言語が変わるというのが理由の1つですが、キャリアコンサルタントの資格を取得した人に、それまでに無かった活躍の場を提供するという目的もあります。キャリアコンサルタントは独立して仕事をするのが難しく、活躍の機会が限られている状況で、それゆえに資格を返上する人もいるからです。

また外国人を支援するキャリアコンサルタントの数を増やすことも、その重要な目的です。私がキャリアコンサルティングを学んだ時、外国人雇用にまつわるさまざまな問題への解決に役立つと確信し、期待に胸をふくらませました。しかしこの分野では、自分一人で頑張っても状況は変わりません。「まずは仲間や同業者を増やすことが必要だ」と考えたその時、外国籍の人たちのキャリア支援に特化した仕事を確立し、その専門性を打ち出すことが、私にとっての大切なミッションになりました。

支援する側一人ひとりが「自分は何ができるのか」を明確に相手に伝えることができて初めて、それがなされると思います。その実現に向けて私は、①外国人と話すことに慣れており、彼らに対する偏見などがない、②相手の文化を理解できる、③在留資格や入管法を説明できる④外国人の相談の傾向を把握している⑤外国語で相手とコミュニケーションができる – このような人たちの育成に力を入れていきたい。もちろん、私自身も学びを続けていきながら。

私はかつてイギリスや韓国で生活する中で、孤独感や孤立感に苛まれることがありました。そんな時、私は誰かにその思いを伝えたいと思いました。同じような気持ちを、日本で生活する外国人も抱えていると思います。でも誰か一人でもその人のことを理解すれば、それがその人にとっての大きな力になる。「誰かを助けよう」などと思わなくても、過去の自分を助けたり励ましたりする思いさえあれば、外国人が安心して活躍できる社会が生まれると思います。

支援する人・される人 誰もが幸せになれる世界を
そしてさらに目指したいこと – 大学や日本語学校など国内の教育機関、NPO、企業、自治体、海外の教育機関といった、日本語教育や外国人支援に従事する者同士の連携をよりスムーズにするプロジェクトの実現です。

例えばある企業が外国人の生活支援を行いたいと思っても、何をすれば良いか分からないとします。その場合、日本語学校の知見を企業と共有したり、大学教授からの理論的なアドバイスが提供されたりすることで、企業が行うべきことが明らかになる。結果として効果的な外国人支援が行われ、満足感を得ることにつながります。

これはもちろん、外国人がストレスなく暮らしていけるようにするための理想的な施策。しかしもう一つ大きな目的があります。それは”支援者への負担の軽減”です。

ある問題が発生した際、他所ではその解決につながる知識や経験の蓄積があるにも関わらず、それが自分たちに共有されていないために、解決方法をゼロから考えなければならないのが現状です。また同じ業界内だとしても、異なる会社や機関、学校の間では、お互いの業務が見えません。そのため教育分野でも就労分野でも、暗闇の中を手探りしながら日々変化する状況に対応しようとするため、結果として各機関が専門外の業務まで抱えてしまい、それぞれの担当者に負担が重くのしかかっている。そのため日本語教師も、企業担当者も、自治体担当者も、海外で指導する教師も皆疲弊しています。

より良い社会を実現するためにどうすれば良いか、皆真剣に考えています。でもそれが誰かの犠牲の上に成り立つような構造であってはいけない。そのために社会全体で各々の役割を分担し、お互いが連携を取り合ったり、知識を共有し合ったりしながら、支援者が無理のない形で活動に関わることができるような好循環を生み出したいのです。大変な仕事だと思いますが、私の周りには様々な形で現状の問題解決に取り組んでいる人たちがたくさんいます。そのような人たちと協力し合い、連携しながら私もできることから取り組んでいきたいと思います。

外国人を支援することで、外国人はもちろん、支援する側も幸せになれる – 私はそれらの間に立つ仲介者として、そのような状況が生まれることに貢献したいと思います。

田中さん関連リンク
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Twitter:twitter.com/kumimuk
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『日々日本語とキャリアについて考える田中さんのブログ』:topjapanese.blog.fc2.com/

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