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【インタビュー:多文化をチカラに㉑】堀切ディネスさん(レストラン・中古車販売業経営者)2023.06.05 |
My Eyes Tokyoの協力のもと、日本で活躍する外国にルーツを持つ方々へのインタビューを紹介していきます。
https://www.myeyestokyo.jp/61159
故郷で叶えられなかった夢を、日本で実現する – その日が来るまで、私は諦めずに走り続けます。
ある日、My Eyes Tokyo英語版編集長のジェニファーが言いました。「こんなに美味しいご飯、久しぶりに食べました。ぜひこのレストランに行ってみて!」。こうして紹介されたのが”Hungry Lion”という、千葉県四街道市にあるスリランカレストランでした。
JR四街道駅にほど近いレストランで、ジェニファーお勧めのメニューをいただいた後、お店にいらしたフレンドリーな男性としばしおしゃべり。その人が、Hungry Lionの創設者である堀切ディネスさんでした。レストラン以外に中古車販売業も営むお忙しい身でありながら、ディネスさんは様々な国の食文化を紹介するビッグイベントの主催者でもあることをお聞きし、一気に興味を持ったMy Eyes Tokyo。後日ディネスさんにお話を伺った私たちは、意外な事実を知ることになったのです。
“本物”を求める者たちが集う場所
私たちの料理で使うスパイスは、体に良いとされています。つまりスリランカ料理は健康に良いんですね。それを伝えたい一心で、日々このレストランを経営しています。使う油も、揚げ物以外はカレーも炒め物も全てオリーブオイルです。
MET英語版編集長ジェニファーお勧めの2品。どちらも非常に美味!
私のその思いが届いたのか、美容意識の高い女性たちや、健康に気を遣うご年配の人たちが数多く当店にいらっしゃいます。お客様は四街道市周辺だけでなく千葉県内各地や、県外の横浜、東京の八王子からもお越しいただいています。本場のスリランカ料理を求めて、遠くからでもいらしてくれる。とても嬉しいですね。
大人気のランチメニュー”ランプライス”に挑戦!バナナの葉で巻いた、スリランカ式お弁当です。
一方で、店でお客様を待つだけでなく、火曜・水曜・週末に2台のキッチンカーを走らせ、千葉県内の公園やイベント、大学、病院などに出店。より多くの人たちにスリランカ料理を届けています。
Hungry Lionを開いたのは2021年11月。それ以前はお隣の千葉市の中心部で、別の名前でスリランカレストランを開いていましたが、コロナにより休業を余儀なくされました。私は、当時すでに生活基盤を築いていた四街道での復活を目指し、この店を開店しました。
ご飯ものだけでなく、麺も提供。ちなみに麺は米で作られています。
私が諦めきれなかった理由 – それは、どうしても達成させたい夢があったからでした。
故郷に錦を飾るために
日本に来る前、私は高校生でした。当時すでに茨城県で中古車販売業を営んでいた叔父が、私たち家族に日本のモノを送ってくれたり、日本での体験などを聞かせてくれたりするうちに、私は日本に興味を持つように。私も叔父と同じく車が好きだったので、日本で日本語を学んだ後、自動車関連の専門学校に行こうと考えました。
そして2010年に来日し、千葉県船橋市にある日本語学校に入学。当時は20歳前後と若く、またスリランカで社会人としての経験がほとんど無かったことが幸いし、日本の社会に比較的スムーズに溶け込めました。それが私の日本語学習を容易にしてくれたのです。
卒業後、さあ念願の自動車関連専門学校へ!・・・と意気込むも、年間150万円という高い学費のために断念。でも私はすぐに思考を切り替えました。子どもの頃から家族が営んでいた農業を手伝い、10代の頃には自分で事業を起こすことを夢見るようになった私は、世界遺産のある古都アヌラーダプラという私の故郷に自分のホテルを建てることを決意。そのゴールに向けて”おもてなし”を学ぶため、千葉市内にある観光系の専門学校に入学しました。
”日本人”になる
学校では観光を学んだだけでなく、日本語能力もさらに磨きました。なぜなら日本の観光業界で働くには、日本語能力試験のN2(上から2番目の難易度)かN1(最難関レベル)が求められたからです。その後受験した日本語能力試験では、初めてだったにもかかわらず、いきなりN1に挑戦。でも合格したのです!全校で87人の外国籍学生がいた中で、N1に合格したのは私を含めてわずか2人。もう一人は8歳の頃から日本で生活していた韓国人でした。
卒業後、いよいよ日本の実社会へ。専門学校を通じて応募した都内のビジネスホテルに入社しました。フロント業務を中心に、通訳やベッドメイキングなども担当しながら約5年間勤務。その間、いつも心の中で「いつか故郷に、小さくても良いから自分のホテルを建てるんだ」と思っていました。
しかしスリランカの国内情勢が不安定になったことや、私自身に母国での社会人としての実績がほとんど無かったため、銀行から融資を受けることが難しい状況。そのため、私は再び夢を諦めて日本に残ることを決めました。しかも日本社会で生きていく決意の証として、国籍を日本に変えたのです。
帰化と共に、会社設立へのハードルが格段に低下。私は勤務していたホテルを退社し、起業へと動きます。その時に事業として私が考えたのが、叔父が従事していた中古車販売業、そして飲食業でした。
スリランカの高校を卒業してから約半年間、私は現地の料理学校で学びました。来日後は日本語学校や観光系専門学校で学びながら実際に和食レストランの厨房に入り、専門学校でバーテンダーに必要な技術なども勉強。ホテル時代は飲食部門にも携わりました。これらの経験を元に、私は飲食店の立ち上げに向けて動きました。
アルバイトでチャンスを待つ
2019年2月、ついに私は日本に自分の店を持ちました。千葉市中心部、千葉県庁のそばで開いたスリランカレストランは、その立地から県庁の職員さんがよく食べに来てくださっていました。客層に恵まれ、提供する料理も好評だったため、経営も順調でした。
しかし2020年初めに日本を襲ったコロナウィルスの影響で、公務員に外食禁止令が出され、店は休業を余儀なくされました。「このままでは終わらせない!」と、店で料理を作ってくれていたコックさんと一緒に、部品の梱包など料理関係以外の仕事をしながら、再起を図るチャンスを伺いました。2021年4月には、前の店を経営していた頃に購入したキッチンカーでの販売を開始。そして新たな店の物件探しにも着手し、自宅からも四街道駅からも近い場所に運良く手頃なスペースを見つけ、苦楽を共にしたコックさんと”Hungry Lion”を開店しました。
究極の夢まであと一歩
これまで約4年間スリランカレストランを営んできましたが、ホテルへの夢を完全に諦めたわけではありません。コロナ禍での制限が解け、インバウンドが徐々に復活の兆しを見せ始めた頃、私の知り合いが所有する軽井沢の別荘の管理を任されることが決まったのです。夢に一歩近づいた気がして、とても嬉しく思いました。
現在は開業に向けて改装中ですが、ご家族にくつろいでいただけるような、心地良い空間を目指しています。この事業がうまくいけば、複数の場所に同じような宿泊施設を展開していきたいですね。
これからもスリランカ料理の魅力を日本に伝えながら、もう一つの夢の実現に向かって走っていきたいと思います。
世界を食でつなぐ
今年、私の会社で初となる一大イベントを主催します。世界各地の料理を提供するキッチンカーが一堂に集結した”千葉インターナショナルフェスティバル”です。当店のスリランカ料理を始めとし、ジャマイカ、キューバ、アルゼンチンの料理など、日本ではなかなか味わえない一品を体験できるというもので、料理だけでなく、様々な国の工芸品などを購入したり、いろんなパフォーマンスをご覧になれたりします。今年の夏、開催予定です。
このイベントを実際に企画したのは今年1月ですが、キッチンカーでいろいろなイベントに参加していた頃から、私だけでなく様々な国の料理を提供するキッチンカーが出店したら楽しいだろうと思っていました。コロナのために海外に行けない人たちに、海外旅行気分を味わっていただきたいという思いが重なり”インターナショナルフェスティバル”のアイデアが生まれました。
ここ四街道市には外国人が約3,000人住んでいるそうですが、実際にこのレストランにも日本人やスリランカ人以外に、様々な国の人たちが来ます。私たちは彼らの母国のことを聞かせてもらい、私たちからも彼らにスリランカのことを伝える – そのような交流がとても面白いですね。誰もが好きな料理というものを通じて、様々な国から来た人たちや、その人たちの文化に出会うことができる。そしてその人たちの考え方に触れることができる。私たちが学んできたことと全く違うことを彼らが教えてくれる。だから彼らと話をするだけでも刺激的だし、仲の良い友達ができたりします。そこに日本人のお客様が加わり、さらに話が盛り上がったりするものです。
これからも”食”を入口にして、当店やインターナショナルフェスティバルで、そのような国を超えた交流の場を生み出していきたいと思います。
ディネスさんにとって、日本って何ですか?
”何でもできる平和な国”ですね。少なくとも自分がやりたいと思うことが、日本でなら実現できる。ここはそんな素晴らしい場所だと思います。
だけどいくつか残念なことがあります。その1つが”融通が利かないこと”です。
その傾向が特に見られるのは、病院です。私の子どもが急に具合が悪くなった時、困ったことに周辺地域にあるどの病院も受け入れてくれませんでした。「今は急患を受け付けていないから」「今日は小児科が空いていないから」などと言われ「では小児科が空いている病院を紹介してくれませんか?」とお願いしても「自分で探してください」と断られるのです。
また、私が海外出身の車好きだから気になるのかもしれませんが、外国で取得した運転免許を日本のそれに換える際の手続きが、外国人にとって大変不便なことも気になります。免許の書き換えのために必要な実技試験を受け、それに合格しなかった場合、試験官は受験者の足りない部分を一切教えません。また受験のために実技試験の練習を希望する場合、各地の教習所に行くしか方法がありません。ではなぜ、免許書き換えの窓口が免許センターにしか無いのか?そこにしか窓口が無いのなら、そこだけで全て完結させるべきでしょう。
規則やマニュアルばかりに捉われず人間的に相手と接し、海外から来る人たちも理解しやすい制度を整えたら、日本はさらに良い国になると思います!
Hungry Lion
千葉県四街道市和良比256-31(地図)
※最寄駅:JR「四街道」南口より徒歩5分
電話:043-372-2767
営業時間:
ランチ 11:00~15:00
ディナー 16:00~22:00
※定休日:月曜
ディネスさん関連リンク
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