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スピリチュアリティについて本気出して考えてみた2021.02.26 | 

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 GPFJapanでは毎月一回オンライン講演会を実施していますが、1月・2月は「スピリチュアリティ」が大きなテーマでした。講演の内容はYoutubeで見ることができますのでぜひご覧いただきたいです。



「スピリチュアル」という言葉は、今やすっかり定着した感があります。占いやオカルトをはじめとする「話のネタ」的な使われ方から、「宇宙の法則」「〇〇の意思」といった自己啓発的なものまで様々なシーンで「スピリチュアル」なものが溢れていると言えるでしょう。

 ちょっと前の話になりますが、1998年に世界保健機関(WHO)が新しく提案した健康定義に「spiritual」が含まれていたことも大きな影響がありました。

Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual, and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

 健康は「病気に罹っていない」ことだけを指すのではなく、メンタル・スピリチュアル・社会福祉の面でもダイナミック(動的)な状態であることを示しているということです。
 これにより、「スピリチュアリティ」は宗教学の分野だけでなく、私たちの生活の質(QOL=Quality of Life)に密接にかかわる概念としてより注目されるようになりました。

 とはいえ、スピリチュアルという言葉には、「怪しい」「うさん臭い」というイメージが付きまとうのも事実。「ハマると怖い」「お金をだまし取られるんじゃないか」と思っている人も多いでしょう。
 特に最近は、SNSの普及にともなう「フィルターバブル」もあって、特定の「教祖」的な人と、それをとりまく「信者」的な人たちの集団がどんどんクローズドになり、さらには陰謀論的なものとも親和性が高くなっていく傾向があります。
 
 2月の講演会で講師をしてくださった濁川孝志・立教大学名誉教授は、スピリチュアリティに関するこのような負のイメージを見つめつつも、講演会の中で以下のようにお話されています(文責は事務局)。

 スピリチュアリティの本来の意味は、万教同根であるはずの宗教がもつ共通要素、すなわち多くの宗教が説明している宇宙の成り立ち、超越的存在(神)との繋がり、生きる上での規範などの共通部分のエッセンスと言える。
 同時に、宗教が持つ負の側面、すなわち他の宗教を否定したり、独自の観念体系や教義を強要したり、という拘束的な部分を取り除いたものを指す。
 従ってスピリチュアリティとは、人間が普遍的にもつ人間存在の意味や価値を問う行為や、人知を超えた大いなる存在を認識し、それに対し畏敬の念を抱くことなど、人間ならではの深遠な特質と捉えることができる


 このように説明されると、納得できる方も多いのではないでしょうか。
 自分を超えた「目に見えない、大いなる存在」を意識するタイミングは人によってきっと違うでしょう。雄大な自然の中で圧倒されるような感覚になったときかもしれませんし、お墓参りに行ってご先祖様に対する感謝の念が自然に沸き上がってきた瞬間かもしれません。

「目に見えない、大いなる存在」の認識の仕方は、個々人や民族、そして時代によって違ったとしても、そこには共通性があり、それこそが人間の尊厳の根幹にあるのです。

 スピリチュアリティについて考え、文章にすることには限界があります。なぜなら、それは身体感覚や論理といったものを超越したものであり、文字にした瞬間にズレが生じます。だからこそ、GPFのビジョンであるOne Family Under Godの「God」の定義をしていません。濁川名誉教授のスピリチュアリティの上記の解釈に共通しています。
 
 スピリチュアリティは体験と一体不可分です。コロナが終息したら、まずは自然の中に出かけていってみてはいかがでしょうか。

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